∮ Performer,Singer & Songwriter,Kanafu Marie(カナフ マリエ)のブログです♪

by kanamarie

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パリで、S田さんという恋人が出来た事を、marieは I 川さんに伝えました。

I川さんも結婚しているわけだし、これでやっと、色んな事が落ち着くかな…と。
どっち付かずな状態で、自分の居場所や位置が、分らないまま時が過ぎて行くのも、苦痛だったし、、。

I川さんの奥様の事を考えたら、やっぱり(お付き合いをしているわけではなかったけれど)申し訳なく思ったし…。


”S田さんという、恋人ができました。だから私の事はもう心配しないで下さい。I川さん、さようなら”


…と、伝えたと思います。
電話と、手紙で。



1週間後、そのmarieの元に、1通のエアメールが届きました。

I川さんからでした。


3枚の便箋に、ぎっしりと書かれていました。




”かなちゃん

僕は誰よりもかなちゃんを愛して来たつもりだ。そして僕は一生かなちゃんを愛し続けるつもりだった。
僕たちは愛し、笑い、そして一緒に泣いた。

(略)

そんな僕たちの愛は、壊れる事がないと思っていた。
どれだけ離れていようとも。


だけどかなちゃんは、

パリに旅立って、たった数ヶ月のうちに、

気が変わってしまったんだ。


僕は嫌がる奥さんに無理矢理子供を産んでもらうより、

かなちゃんに僕の子供を産んでほしかった。


僕は、生まれて来るはずだった僕たちの子供の名前まで決めていた。


僕とかなちゃんの子供なら、きっと女の子だろう。



世界一美しい都市、パリに住む僕の恋人、



その恋人との間に生まれて来た僕たちの娘の名前、







それは、











巴里奈(パリナ)ちゃん。















でもかなちゃんは、もう僕の元から去って行ってしまったんだ。


たった数ヶ月のうちに、気が変わってしまったんだ。






僕はもう、巴里奈ちゃんとも、逢えなくなってしまった。







さようなら、かなちゃん。




さようなら、僕たちの娘、巴里奈ちゃん・・・













------と、言う内容のエアメールでした・・・。






それは、ものすごく強い、I川さんの私に対する恨みつらみ?が込められたエアメールでした。





marieはそれを読んで、泣けて来ました。



自分が、如何にダメな女性であるか・・・と、情けなくなって・・・。



こんなにいい人を、裏切ってしまった、、という気持ちだったのです。





(でも後で考えると、この巴里奈ちゃんて、ちょっと面白いですよね・・・^^;;;
今だからちょっと笑えるけれど、でもこの時は、I川さんの真剣さに?そういうことも、感じられませんでした…。
だけど、I川さん、本気でそんな名前、考えていたのでしょうか・・・^^?)




marieは、S田さんにそのI川さんからのエアメールの事を話しました。
私は、途方に暮れていました。

S田さんも、終始黙っていました…。


バイト先の休憩時間の昼下がり…二人で公園のベンチで、そのエアメールを持って、
ずっと、ずっと、

二人とも黙ったまま…


ただ、風に吹かれて、ぼーっとしていました・・・。

隣のベンチに座っていた二人の老人が、心配そうに…私とS田さんを見ていました。





途方に暮れる原因はI川さんの事もあったのですが、marieの母の事もありました。



パリに来て、もう何ヶ月経っても一向に約束してくれた送金はありませんでした。

お店は、毎日お客様で賑わっていて順調だ、、とは知人から教えてもらっていましたが…。


それで、母に電話をしたら、


「送ったわよ、送ったわ。」


と、言ってもらえたので、安心して、いつその送金が届くか待ちわびる毎日。



でもやっぱり届かないので、また電話をすると、今度は、


「もしもし、ママ?」


というmarieの声を聞くや否や、受話器を切るのです・・・。



パリで、時々倒れたりしながらも何とかバイトやS田さんに助けてもらって、生活していましたが、

肝心の音楽の勉強が出来ず、何のためにパリに来たのか分らなくなってしまっていました。


電話をかけて、私の声だと分ると、受話器を切るその前に


「あら、いらっしゃいませ〜」


という母の声を聞いたりすると・・・本当に辛くって、



あんなに母のために働いて来たのに・・・パリに来て、こんな異国の地で、放ったらかしにされるなんて・・・


・・・と思うと、、



虚しくて、悲しくて、




本当に、どうしてこんな思いをしなければいけないのか、どうしてそんなことになるのか、わけが分からなくなりました・・・。




そして、日本にいて東京に家族を呼んでからもそう言う状態はずっと続いているのに、

それでもなお、母を信用したい、と思っている自分が、惨めでなりませんでした・・・。






そんな私の状況を知って、ある日、名古屋の芸能プロダクションの社長、大森さんという方がお仕事でヨーロッパに出張して来られた際、私を訪ねて下さったのです。


marieはバイトの休憩時間に、その大森社長に会いに行きました。

パリのオペラ座を正面から見ると、左側にグランドホテル(オテル・ルグラン・インターコンチネンタル・ド・パリ)という由緒あるホテルがあります。(映画『愛と哀しみのボレロ』『目撃者』でも使われていたところです。)


そのホテルの1階にあるのが、数多くの著名人が愛した有名な「カフェ・ド・ラペ」です。

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大森社長はここで待って下さっていました。
(丁度この写真で、二人の人が歩いているそのガラス越しの通りに面したテーブルでした。)

(marieのバイト先は、Rue.St.Anne(サンタン通り)のオペラ座のすぐ近くだったんです。
住んでいたアパルトマンも、オペラ座まで徒歩で5分もかからないところでした。)


大森社長は、その当時建設予定だったパルケ・エスパーニャのプロジェクトで、ヨーロッパに来られていたのです。


marieは大森社長とは、名古屋でのライヴや、アナウンサー時代に中京競馬場に仕事に行った時など、そのついでにピアノの弾き語りのお仕事を頂いたりして、お世話になった間柄なのです。



予想外の、パリでのキツい状態、母の裏切り、いつまで経っても歌えない、自分の進みたい道に一歩を踏み出せないmarieに、大森社長はこんな事を言われました。




「僕はね、病気がちな母に、海が見える温泉(お風呂)の付いた家を建ててあげる事が昔からの夢だったんだ。今、僕がやっている仕事は、全部そのためだと言っていいくらいだよ。

だけどね、僕には弟がいるんだが、母の愛はいつも僕にではなくて、その弟の方に注がれているんだよ。

昔からそうだった。

今も、そうなんだ…。

僕が、母のために、何を、一生懸命やろうとも、


母にとっては、何もしない弟の方が、可愛くて仕方がないみたいなんだ・・・。」



大森社長は、静かに、そんなことを語られました。


marieはこの華やかなパリの、この華やかなカフェで、大森社長からこんなに淋しく辛いお話を伺っている・・・そのアンバランスさに、言葉を失っていました。
その時にmarieが着ていた服は、バイト先の地味な(センスの欠片もない)制服でしたし…。


隣のテーブルでは、


アメリカから来た観光客のグループが皆でシャンパンをギャルソンに得意気に頼み、『ハッピーバースデー』を合唱して誰かの誕生日を祝っていました・・・。




ぽつり、ぽつり、、、と、雨が降って来ました・・・。



大森社長は、こう続けられました。




「だけど、それでいいじゃないか。



それで、母が幸せなら。


僕はそれでいい。


母が死ぬ前に、自分の家の中の海が見える温泉に浸かって、


”あぁ・・・気持ちがいい…”と言ってくれれば、、、




僕はそれでいいんだよ!!!




な、それでいいじゃないか!!!











日本に帰って来なさい!



そして、名古屋においで!!!




もう一回、最初からやり直してみるんだ、君の人生を!!!

















marieは、頷きました…。


大森社長は、お財布から5万円を出して下さり、


「これで帰りの切符を買いなさい。これでは足らないから、また後で僕が送るから」


と言って下さいましたが、私は


「今月のバイト代で、何とか帰りの切符は買えます。」(本当はそうじゃなかったけれど)

と言って、それをお返ししました。

だけど、大森社長は、その5万円を、私の手に、握らせて、






「何か、食べなさい・・・」







・・・・・そう仰って、、、私の肩に手を置かれました。









marieは、その時初めて、







声を上げて、泣いてしまいました・・・。












------その時、私の大きな叫ぶような泣き声が聞こえないくらいの大雨の粒が、




オペラ座の反対側、




スクリブ通りのアスファルトに、打ち付けていました・・・。












強く、強く、突き刺すように・・・・・・。
















---この続きは今晩戻ってからまた書きますね…。
また来て下さいネ。


こんなに長い文を読んで下さって…疲れたでしょう…?

本当にありがとうございます…。

最後にこの曲を聴いて、おくつろぎ下さい。


これ、marieの、”とっておき”の、--宝石--のような…レパートリーの一曲、です、、。(涙)





今日も来て下さって、本当にありがとうございます…。


心からの感謝と共に

marie
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by kanamarie | 2007-04-06 21:54 | 花束のひと | Trackback | Comments(18)


みなさま

こんにちは!
今日もここに来て下さって、本当にありがとうございます。


今日はこれからスタジオ入りなのですが、↓のポストの写真の方から


「早く『花束のひと』の続きを書かないと。みなさん待って下さっているんですから。僕もそうですよ。」


と、お説教?されましたので・・・

少し、次のあらすじと見所(あるのか!?)をご紹介しておきますね^^;;;




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パリでS田さんという恋人が出来た事を、marieは I 川さんに伝えます。

それを受けて、ある日、I 川さんから一通のエアメールがパリにいるmarieのもとに届きました。
(深刻なメールですが、今から読むとちょっと笑えるメールです^^?)


それを読んで、marieは日本に帰国することになります。(それだけではないのですが)


ところが、そんなmarieを追いかけて、S田さんもパリの職場を辞めて日本に帰って来ることになり(なってしまい)ました。


marieは、S田さんという恋人がいることを、ついにてらちゃんに話さなくてはいけなくなりました。


それを知ったてらちゃんは、渋谷の道玄坂で、marieのほっぺたを引っ叩きます。

往復で。10回以上。

てらちゃんは、狂ってしまったようでした・・・。




次の日、てらちゃんは泣きながら上野毛の(私の)家に謝りに来ました。


でも、悪いのはmarieの方なので、私は黙ったまま、何も言えませんでした。


終始黙っていましたが、


てらちゃんが”お詫びに”と、marieに買って来てくれたエルメスのスカーフを渡してくれた時に、






「こんなに高価なものを買って・・・もったいない・・・。

私、スカーフなんてしないのに・・・。





こんなのを買うんなら、その分キャッシュでくれればいいのに・・・







・・・と、私が言ってしまった、というところまで書きますね。

(でもこれ、本当はわざとそんな風に言ったんですよ・・・)(泣)




段々と、実は最低のオンナ?だったmarieの実態が(!?)明らかになって?いきます(^^;;;




その最低さに、ご期待下さい!...?

それでは『Solution』のインストを録音して来ますね!





今日も読んで下さって本当にありがとうございます。



心からの感謝と共に
kanafu MARIE







**--下のポストにコメント下さった方々…読んで下さったみなさまに、marsさん共々、心から、感謝いたします・・・。--**
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by kanamarie | 2007-04-05 13:46 | 花束のひと | Trackback | Comments(2)