∮ Performer,Singer & Songwriter,Kanafu Marie(カナフ マリエ)のブログです♪

by kanamarie

<   2006年 05月 ( 6 )   > この月の画像一覧


「君は、僕に、何をしてほしいんだい?僕は、君のために、何をしたらいいんだ?」

これは、私が初めてMr.David T.Walkerにお逢いした時の、David T.氏のお言葉です。

マリナ・デル・レイにある私の元、プロデューサー宅に来て下さって、「ナイトウインド」のレコーディングを行った後、
その近くのインディアン・レストランに3人で食事に行った時に、
(Mr.David T.は主に、菜食主義者で、インド料理は氏のfavorite。その情報はウエヤマさんのサイト、"ueb page"で仕入れたものです。)

プロデューサーが煙草を吸う為にお店の外に出て、テーブルで2人になった際、氏の方から私に切り出して下さったお言葉です。

私は、姿勢を正し、飲んでいたワインの入ったグラスを、自分の元から遠ざけて、

お話ししました。

「この事を、あなたにお話しした事を、私のプロデューサーには、内緒にしておいて頂けますか?」

「何故だね?」

「それは…、、プロデューサーのプライドに、傷が付いてしまうかも知れないからです…」


そう言ったら、Mr.David T.は、

「、、、分かった・・・。いいだろう・・・」

--------と、頷いて下さいました・・・。


「Mr.David T.・・・、私は、プロデューサー(Leon Ware)の音楽の、熱狂的なファンです。プロデューサーは、日本に来たがっています。来日してライヴが出来るように、私は数々のライヴハウスにコンタクトを取っています。
でも、どこの“箱”でも言われるのです。

“知名度が無さ過ぎる”と、、。
仮に、もし、
あなたが一緒なのだとしたら、
”集客出来るだろう。David T.なら、たくさんのファンが日本にもいるし、David T.が一緒なら、考えよう”
と・・・。

だけど、この事は、このままには、プロデューサーには言えません。

だから、


・・・本当に、申し訳ないですし、失礼なことをお願いしている事は重々承知しています。

Mr.DavidT.・・・、プロデューサーと一緒に日本に来て頂けないでしょうか・・・!

もし、来て頂けるのでしたら・・・あなたが付いて来て下さることが、条件というのは、内緒にして、何らかの形で、ジョイントすることになったと、、、いう事の流れにして頂けないでしょうか、、。

プロデューサーの音楽には、あなたのギターは不可欠です。
ファンはそれを、要望するでしょう・・・、、そのような流れで、自然な形で、、プロデューサーの来日に”David T.も偶然、一緒に来て下さることになった、という、形にして頂けないでしょうか・・・」


私は、無理で、本当に失礼極まりないことをお願いしている事を承知して、Mr.David T.に懇願しました。


・・・David T.氏は、
それまで、鋭いまなざしで私の話を聞いていて下さっていましたが、

最後に、静かに、

「分かったよ。」


、、、と、微笑んで下さったのです!!!


そして、


「君のプロデューサーには、僕の方から、“日本に行くなら、一緒に参加させてくれ”と、
頼んでみることにしよう、、。」

、、、、、と、、、、、。




私は、その時、余りの感動に、涙をこらえる事が出来ませんでした。




“喫煙”の時間が済んで戻って来たプロデューサーに、その涙とその訳を知られまいと、自分の感情を押し殺し、平静を装って

その日は、穏やかに、過ぎて行きました・・・。(そういうことに、しておきましょう、、、ね、ウエヤマさん、中原さん、、、)(^^;



その日、David T.氏とお逢い出来て、私の「ナイトウインド」に、ギターを入れて下さることになったのは、、、

ウエヤマさんの、熱意が呼んでくださった奇跡というのでしょうか、、。

本当に、“一瞬”の、タイミングが重なって、可能になった一瞬でした・・・。ウエヤマさんなしには成し得なかった、、やはり、奇跡ですね、、。


でも、それに至るまでの詳細は、
「ナイトウインド」が、リリースされた後のueb pageの"Mr.David T."で、書いて頂くことにしましょう!

やはり、それは、”ここ”ではなく、“本家”で。(^^)


これは、ブログを締めくくるにあたって、私が皆様にお届け出来るここだけの秘話かな?と思い、本日書かせて頂きました。

この事は、もう、元プロデューサーはご存知ですので、大丈夫です。

最後なので何か明るく面白い記事を・・と、思っていたのですが、今、自分に出来るだけの精一杯の記事として、自然体でこのブログは終わらせて頂きます。





♪♪................♪♪................♪♪.................♪♪..............♪♪




ここで、出逢った皆様は,私にとって”ソウルメイト”です。

きっと、逢うべくしてお逢い出来たのだと、そう、思っています。

ここで、皆様と交わした一瞬一瞬を、決して忘れません。

皆さまから頂いた,たくさんの、宝石の様な輝きを持つ、メッセージがいっぱい詰まっているこのブログは、

marieの財産で、頂いたコメントは、私の夢を叶える測り知れないパワーを持つエネルギーです。


本当にありがとうございました。




また、いつか、どこかで、必ずお逢いしましょう!!!




心からの感謝を込めて

kanamarie(kanafu marie)
[PR]
by kanamarie | 2006-05-17 00:25 | *感謝*David T.Walker | Trackback(1)
スターオーの事を語るのは、本当に久し振りでした。

私とスターオーとの事は、東葉子さん著の「ガラスの脚」でも少し書かれていますし、当時の競馬関係者の間では、もう、知れ渡ってしまった事実です。

marieは、本当に、馬が好きなんです。
牧場に伺って、帰り間際、お馬ちゃんたちに”バイバイ”って手を振ると、
“バイバイ”って、、、
、、、しっぽを振ってくれるんですよ(涙)

私は、歌は下手な歌手だけれど、
馬や猫とは、目と目で通じ合うくらい、心を通わせ合うことが出来るんです。

彼らは、嘘をつかないし、裏切ったりしませんから・・・。




下のスターオーとの記事を読んで
たくさん、メールを頂きました。(本当に、ありがとうございました)

”kanaさんは突っ走りすぎて予後不良になっちゃだめですヨ。
生き続ける名馬だってたくさんいるんですから。
夢を追い続けてこそkanaさん。それはみんなわかっているはずですから。ね。

すこし落ち着いて、ゆっくりじっくり行きましょう。”

このメールを下さった方は


d0031078_16233731.jpgこの方ですが(笑)(この切り番は私がゲットしたものです)(^^)

同じ様な内容のメールをたくさん頂きました。(涙)


大丈夫です!

私は、名馬にはなれないでしょう。でも、最後まで走り(歌い)続けますから。

しっぽに、ピンクのリボンを付けて。

(しっぽにリボンの着いている馬は、”近づくと蹴っ飛ばす癖がありますよ”という、気の荒いサインなのです)(^^;



そうそう、最後に、東京の最終日にウエヤマさんが逢わせて下さった音楽ライターK氏についてですね!


素晴らしい方でした。


marieは、それが、すごく、嬉しいのです。


じゃぁ、その方の事と、Mr.デヴィットTについて書いて、このブログを終了します。


今から書きますが、取りあえずここまでを読んで頂けると嬉しいです。


一気に書けなくて、ごめんなさい・・・。

起き上がって、少し書いては、具合が悪くなって、、の繰り返しで、歯がゆいです。
早く終えて、少し、ネットから離れたい気持ちなのですが、
しり切れとんぼにしたくない思いで、、今までだらだらと書いてしまいました。


来つづけて下さり、皆様には本当に感謝をしています。

ありがとうございます。



♪♪..............♪♪..............♪♪...............♪♪...............♪♪..............♪♪



d0031078_22294543.jpgd0031078_22321242.jpg母の日のプレゼントに娘からもらったものはお花と、、、なな、、なんと!!つつ、、、”つけまつげ!!!”(^^;
明日付けてみよ〜っと!(初体験です!!)ドキドキ♪

添えられていた手紙には
”やるせない辛い事も一杯あったけど、強く、周りを見渡しながらも高く飛んでネ”
と、書いてくれてありました・・・。(涙)

どっちが、親なんでしょうか、、、。




d0031078_23145716.jpg

みかちゃん、ありがとう!

あ、この写真、marieじゃなくて、彼女なんですよ^^;

(ママに似て来て良かったね!と書いたら、勝手に削除されてしまいました、、、)
[PR]
by kanamarie | 2006-05-14 16:37 | 感謝 | Trackback
最後の記事を書こうとする度に、熱が出るのです。
どうしてでしょう、、。

熱で、朦朧として、頭がおかしくなったのかも知れませんが(え?最初から? 汗)
今、私の側に、この“人”?が、いる様な気がするんです。
(また、おかしなことを書いてすみません。それに、文章をまとめる思考力にいつにも増して欠けていますので、読み苦しいかと思います。すみません、、。)


今日は皆様にご紹介します。

私の夢を、繋いでくれた”彼”、


d0031078_16575391.jpg


サクラスターオー。



サクラスターオー、
北海道、静内の藤原牧場生産。


生後2ヶ月で、母親を亡くしたスターオーは
同じ牧場の同期の馬達が母馬に仲良く寄り添って、母乳を飲んでいる頃、
独りぼっちで、、、まだ歯も生えていないその口で、青草を食んでいたといいます・・・。


彼(スターオー)は名血でしたが(血統、所謂”血筋”がいいという意味です)
「こんな馬はいらん!」
と、入厩した美穂の名調教師から、
開業したばかりの、新人の調教師の厩舎に転送されてしまいました。
(結果的にはそれが良かったのでしょう)

スターオーは、生まれつき左前足が著しく曲がっていたのです。

デビュー戦をこなした後も、その足を骨折して・・・
寒梅賞は、5着でした(と、思います、、)。

私がスターオーという馬と出逢ったのは、その後の弥生賞です。
3月。
皐月賞の前哨戦的レース。

スターオー(人気薄)は彗星の如く、直線を貫きました。

この写真(パネルです)は、ゴール板前での、その時のスターオー。
白い覇面、白い帽子、ゼッケンは1。

向こう側のビュウコウという馬に騎乗している増沢騎手が、チラッと、スターオーの方を見ています。
「強いな、やられた!」

そんな感じです。
ゴール板前での一瞬の出来事でした。
レースは殆ど、この増沢騎手のビュウコウと5番の岡部騎手騎乗のマイネルダビデ(1番人気)で、決まろうとしていた矢先のどんでん返しだったのです。

ビデオで何度見ても、増沢騎手は、笑っています。
スターオーの風の様な速さに、あっけにとられたのか、”代打屋”と呼ばれていたスターオー騎乗の東騎手に”やったな!”と喜びを共にされたのか。
増沢騎手には何度かお会いしたことがありますが、本当に人格者です。
しかし、どんな騎手でもゴール前に差されて笑えるわけではありません。
それほど、”一瞬”の”え?”という速さだったのです。

この写真を撮った方はどなたなのでしょうか・・・。
ものすごく、いい瞬間を、捕えています。(実際には増沢騎手がスターオーを見たのは本当に一瞬…1秒間もないくらいなのです)

スターオーはその後皐月賞へ。
岡部騎手騎乗のマテリアルという馬に続き2番人気。

結果は、2着のゴールドシチーという馬に5馬身程の差をつけて、堂々の優勝。

東騎手は高々と人差し指を挙げました。“1冠目”という意味です。

さぁ、2冠目のダービーだ!という時、
スターオーはダービー目前で骨折。不運です、、、。


7ヶ月間の休養を余儀なくされました・・・。


その頃、私も闘病生活を強いられていました。
生きる希望も気力も、殆ど失っていて、、
医師からは、”いつ、どうなっても、、、おかしくない状態…”と、言われていました。



秋に、菊花賞の出走馬が発表されました。

スターオーの名前が、そこに、あったのです!


「かなちゃん、スターオーが出るんだよ!スターオーも、頑張っているんだ、かなちゃんも、頑張ろう!!」

「うん・・・」

てらちゃん、という、当時の私のボーイフレンドが、“競馬ブック”を持参で、興奮気味に私を見舞ってくれたのです、、。

もう一人の友人も、

「かなちゃん、かなちゃんの夢が走るよ。」

と、、。


私は、その時に、願をかけたのです。
スターオーに、私の夢を賭けよう・・・と。


私には、何故か、絶対に、スターオーが優勝するという確信が、あったのです。


でも、レース前のスポーツ新聞や競馬新聞での前評価は、どれも殆どが無印。

「ひどいわ!皐月賞馬なのに・・・!!」
信じられないという表情の私を目の前に、BF達は口を揃えて言いました。

「仕方ないよ・・・。骨折して7ヶ月も休養してて、菊花賞の3000メートルがいきなりのぶっつけ本番なんじゃ、殆ど、見込みは無いというのが、常識だよ・・・」

「でも、スターオーは、絶対に勝つわ!最終の4コーナーを曲がった後、直線に入ったら、いつものように、グイグイと前へ出て、先頭でゴールを切るのよ!!!」

他の馬に、負けてたまるか!という思いが私にはあったのです。
ここに辿り着くまでに、彼(スターオー)が、どれほどの思いをして来たのだろう…、負けたら、嘘でしょう?

そんな…気持ちでした、、、。


菊花賞当日。
秋晴れでした。

私はてらちゃんと母に連れられて渋谷、並木橋の場外馬券売り場に。(当時はWINSなんて名称はなかったのです)

皆でスターオーの単勝馬券を買いました。5枠、9番。黄色い帽子。


皐月賞は、最も速い馬が、ダービーは最も幸運な馬が、そして、この菊花賞は、最も”強い”馬が勝つ、と言われています。

ゲートが開きました。

スターオーは終始中団。3000メートルの長丁場。

私は、息を飲んで見守ります。


ここだ!
2週目の第4コーナーを曲がり、
最後の直線に入ろうとしています。


「スターオー、来いっ!!!」



スターオーが、来た!!!中団から、グイグイと、先頭に来た!!


「スターオー、来い!!来い!スターオー!!!」



スターオーは第4コーナーを曲がった後、力強く他馬を次々と追い抜いて前へと出て来ます!

「スターオー!スターオー!!」


私の声は、響く。

スターオーは、まるでその声に反応してくれるかのように、グイグイと先頭に立ち、


ああ!そのまま、なんと、ゴールイン・・・!!!


奇跡の優勝を、成し遂げたのです。


「桜、桜、サクラスターオー!!!菊の季節に、桜が満開!!!」

marieの父親と大阪の天王寺高校(旧天中52期生)で同期、クラスメートだった杉本アナウンサーの名実況は今も語り継がれています。

東騎手はスターオーの背で高々と2本指を挙げました。素晴らしい、光景でした。


スターオーが先頭でゴールインした時、渋谷並木橋の場外馬券売り場1階の奥ににいた人達、そして、窓口のおばさん達も、皆、拍手して下さいました。


「スターオーが勝った!かなちゃん、かなちゃんも歌える、かなちゃんも、これで歌える!!」
私の肩を揺すって、母がすすり泣いていました。

(てらちゃんは、呆然としていました…)


スターオーに、勇気をもらって、私も、医師から許可をもらい、単身でパリに。
歌う為の第一歩を踏み出したのです。


しかしその後スターオーは、暮れの有馬記念でレース中に足を骨折。

普通の馬ならばその場で予後不良(安楽死)となる重症だったのにもかかわらず、治療に専念する日々…。

てらちゃんと、もう一人の彼から、毎週パリの私のアパルトマンにエアメールで、スターオーの様子が新聞の切り抜きなどと共に送られて来ました。

「スターオーも、頑張っている。だから、かなちゃんも、頑張ろう。」
「かなふのために」


その、治療経過の新聞の切り抜きが、いつの間にか、なぜか、コピーになって、
そこにも、
「スターオーも、頑張っているから、かなちゃんも、頑張ろう」

と、書かれていて…


、、、おかしい、、、。不自然だわ、、、と思いながらも、
私も、毎週のように、美穂のスターオーの元に、パリから手紙を書いて送っていました。

「早く、元気になって!スターオー、あなたのことを、信じています。」


そんな中、私がパリでアルバイトをしていた先に、サクラスターオーの馬主であるサクラコマースの森会長という方が、突然訪問して下さり、
「あなただね? いつも、スターオーに、手紙をありがとう」

と、言って頂いたことがありました。

スターオーが与えてくれた、サプライズでした。


パリでの生活も、体調が不安定で
一旦帰国して病院に行かなければならなくなった時、
パリでの友人達がカンパしてくれて
「日本に帰る前に、これでNYに行って、ジャズを歌って来いよ!」
と、NY行きの航空券を渡してくれたのです。

その時、リュック1つで渡ったNYで、
”おかしい、、、おかしい、、、”

と、胸騒ぎがして、スターオーの事を、聞いてみようと、私は北海道、新冠の泉州牧場の宮内さんという方に電話をしてみました。

東京に電話をしても、私の知り合いは皆、「スターオーは頑張っている」と、、それしか言ってくれなかったから…。

宮内さんが電話に出られて、私は挨拶もせず、とっさに切り出しました。

「教えて!スターオーは、スターオーは、元気なの??!!」



どれくらい、、、沈黙が続いたでしょうか、、。
しばらくして宮内さんが

「スターオーは、、、スターオーは…、、死んだ……」

、、と、、。


、、、やっぱり!
そうだったんだ、、、

、、分かっていたはずなのに、、、と、私は最初、笑えて来たのです、、、

どうして、皆、教えてくれなかったの!どうして皆、嘘をついてたの!!!

笑っていたのが、号泣に、、、

「スターオーが死んだと言ったなら、きっと、、お前も死ぬと、、、皆はそう、思ったんだろう…」


だから、あんな風に、コピーまでして、、、、!!!
スターオーが亡くなって、もう、終わっていたはずの”今週のスターオー”という週刊記事を、まだ、スターオーが回復に向けて頑張っているように思わせる為に、自分達で作っていたなんて・・・、、!

そこまでして・・・。


電話を切って、私は、叫ぶように泣き崩れました。
その時、滞在していたホテルが、突然、停電になり、

真っ暗闇の中に、パッカ、、、パッカ、、、と、、、馬のひずめの音が響き渡りました。

多分、NYポリスの警官が騎乗している馬が、表の道を通ったのでしょう、、。
「泣かないで・・・」

スターオーが、そう言ってくれたのでしょうか・・・



オルリー空港に着くと、待ってくれていた友人に
「スターオーが、死んだ・・・」

と、その一言しか言えなくて、、、そのまま、その日は一言も話せなかったのを覚えています。



帰国して、しばらくしてからスターオーのお墓参りに、藤原牧場を伺った時に、
グリーンチャンネルで放送されたサクラスターオーの特集番組の録画を見せて頂きました。


驚きました・・・。

スターオーの遺体が美穂の平井厩舎を出棺する際に、

私がパリから送ったカセットテープが、流れていたのです!!!

アースウインド&ファイアーの『Can't Hide Love』をバックに、スターオーへのメッセージを、病床にいた時、テープに入れて、パリから送ったものでした。

平井調教師のお計らいで、
スターオーの最後に、私の声と、歌を、共に置いて下さったのだそうです・・・。


その日まで、知りませんでした・・・。
どの方も、最後の最後まで、私に、真実を知らせまい、と、思って下さっていたのでしょう…。




スターオーは、自分を育ててくれた、平井調教師や、そして、スターオーの為にハブが出る様な山奥にまで入り、熊笹を取って来てまで、真心を尽くして世話をしてくれた萩原厩務員さんの為に、

きっと、一生懸命、走ったのだと思います。

そして亡くなった、藤原牧場の先代のオーナーの為にも、自分は走らなければいけないということを、きっと、知っていたのでしょう。



このブログの最後に、スターオーのことを書いたのは、
“夢を、諦めたら、いけない”ということを、もう一度、自分に言い聞かせたかったから。

私は、あの時、スターオーに、命がけで、夢を繋いでもらったのだから。



ここで、出逢った、皆様にも、
“夢”を繋いで頂きました。

あの日、あの時、失意のどん底にいた時、
絶望に満たされた時、
裏切られた時、
傷だらけになった時…。


前回、ボロボロになってロスから帰国した際、ソウル経由で、ソウルには早朝の4時頃に到着したのです。
まだ暗いソウルの空港でネットに接続した時、
”無事にソウルに着いたか?大丈夫か?寒くないか?”
と、(危険な状況から)私を救って下さった方からメールが入りました。

日本から・・・
あんなに、早い時間に、、、心配して、起きてて下さって、、。

ありがとう・・・。

あの時に、ロスで“何”が起きたのか、具体的にブログで書けなかった私はその場で"Out Here On My Own"という映画”フェイム”の中でアイリーン・キャラが歌っていた歌の歌詞をアップしました。

早朝にも関らず、その記事をアップしたら、すぐに、sarahさん、nakaさん、kewpieさんという女性陣からコメントが入りましたね・・・。

ソウルの空港で、いっぱい、泣きました。
皆さんのお気持ちが、余りに、温か過ぎて・・・。




いつも、いい時も、悪い時も、どんな時にも、変わらぬ声援を送って下さる皆様と出逢えて、今のmarieがいます。


「marieさん、夢はつづく。あなたが生きている限り」

これは、Rieさんが書いて下さったコメントでしたね。忘れません。

「marieちゃんを応援する為に、山にこもって修行するらしいよー」と、nakaさんが教えて下さった方は、

まだ、山の中ですか?(^^;;


!!!
あ!何て事!
今気が付きました!!!

5月12日は、、、スターオーの・・・命日です、、、!!!


やっぱり、、、降りて来てくれたのかな?




d0031078_2252494.jpgサクラスターオー。

父、サクラショウリ、母、サクラスマイル。
母の父、インターメゾ、父の父、パーソロン。
母の母、アンジェリカ、その母は、スターハイネス、
その母が、スターオーの乳母であったスターロッチ。父はユアハイネス)。
スターロッチはハロウェーとコロナの子。



主な勝ち鞍、


弥生賞
皐月賞
菊花賞
(年度代表馬)





実は、何処にも公開されていない、スターオーの菊花賞のパドックでの写真が、あるんです。
スターオーのファンの方が撮られたものを、日高飛鳥さんという競馬界では有名なライターの方が、marieのために、送って下さったものです。

今、事情があって、手許には無いのですが、
すごく、孤独で、しかし、闘志に燃えた顔をしています。

そのスターオーは、


”この人”に、非常に、良く似ているんです、、。

不思議ですね・・・。








d0031078_22224183.jpg

[PR]
by kanamarie | 2006-05-11 22:26 | サクラスターオー | Trackback

書いています。すみません、遅くなって・・・。

雨ですね。今日があなたにとって佳き日でありますように、いつも願っています。

今朝も来て下さって、ありがとうございます。いつも、感謝をしています。
[PR]
by kanamarie | 2006-05-11 08:21 | 感謝 | Trackback

ごめんなさい

今、少し、疲れています。
多分、今だけです。すぐに快復します。

このブログを締めくくる記事を、この1日の何回かに分けて書かせて下さい。

一気に書けなくて、ごめんなさい。

“ナイトウインド”の経過について、何か良いお知らせを、と、HPに移行する時期を見計らっていたのですが、発注したHPはなかなか仕上がらないし、専属のカメラマンも消息不明のままで、
何もかも一旦停止状態です。

まぁ、1つの事が上手く行かなかったら、全てがそうなってしまう人生の法則みたいなものなのかも知れませんね。

こういう時に焦ったりもがいたりしても、ラチがあかないので、暫く、待つことにします。

でも3月の初旬にマスターを入手出来てから、まだ?と言えば2ヶ月、2ヶ月も経ってしまったと言えば、、、どちらかというと私にはそんな感じです。
皆様に本当に申し訳なく思っています。

マスター持参で上京した時、私の滞在先のホテルに元プロデューサーからメールが何通か届きました。

>The $9.600 which was an advance to me against expenses for the production expenses of four songs:
NIGHTWIND
HEARTS ALIVE
MY DEAR MR GAYE
PHANTOM LOVER


That amount of money is only partial expense for musicians, vocalists, studio, engineers. My own production fees were excluded until the project was aligned with another company. At that point I would submit my production fee.

I will send the other tracks to the point that I have them as soon as possible. I hope that will assist you in your efforts.

Please let me know how I can further assist, however I cannot incur any further expense.

Best regards,

LEON WARE

上記のものはキャロル夫人が書かれたものです。

>KANAFU
BEFOR I SEND MR GAYE TRACK I WILL FIND A SINGER LIKE TARA TO DO DEMO.
SO IT WILL TAKE A FIEW DAYS TO FIND.I WILL ALSO SEND TRACK OF PHANTOM LOVER
AND A FULL RECIET.MAYBE YOU WANT GEOREGE SHELBY TO PLAY.IF SO PLEASE
ARRANGE WITH HIM TO CALL ME.
YOU COULD HAVE PIANO OVER DUB BY YOUR FRIEND IN TOYKO AND I WILL REMIX
AS IT DEVELOPS.
HOPE ALL GOES WELL IN TOYKO.



MY BEST ALWAYS
LEON

これはプロデューサー自ら送って下さったものです。(どちらも原文のまま、コピーしてペーストしたものです)


しかしながら、この後、何も連絡は、ありませんし、残りの曲のマスターも、Receiptも、送られて来ていません。

(なので、どういう風にこれを説明したらいいのか分からなかったのです)


今、この記事を上げている事、
そして、
前にも書きましたように、”どうしてもお渡ししたかった方にお会い出来た事、またその方によりもうお一人のお渡ししたかった方にナイトウインドを届けて頂けた事”

は、本当に私が、心を込めて仕上げたかった事の最終段階でした。

ですので、結果はどうあれ(ナイトウインドの評価がされても、されなくても、)悔いは無いんです。
大切なのは、CDを完成させる事であって、そのためには私はどんなことがあっても、闘いつづけます。

私はいつも思うんです。

”どうして、あの時、もう少し勇気を出してあのことをしなかったんだろう”と後悔することだけはしたくないと。

だって、たった一度の人生なのですから。
勇気を出して行動する事は、時としてはみっともない事であったりするのかも知れないけれど・・・。

だから、まだ、トライしてダメだったのであれば、自分で納得いくのです。
もちろん…一杯反省したり、自分の至らなさを痛感したりしながら…。


さぁ、思い切り現状をさらけ出した所で、少し休憩させて下さい。(ごめんなさい)

最後まで皆様に甘えっ放しで、ごめんなさい。
これが私の甘い所。
HPに移行したら、こんなわけに行かないですね。
このブログでは、素の自分とプロとしての自分のバランス感覚が無さ過ぎたのです。

でも、こうやって書いている内に、随分前向きになって来ました。不思議ですね。

最近は、今までの自分がそうだったように、どんな事でもいいように解釈する事に、疲れ切ってしまっていたのです。


きっと、皆様の愛情が、こうやって私を立ち直らせてくださっているのでしょう・・・。


じゃぁ、また、午後に、もう一度書きます。
この記事は皆様に読んで頂いた後、削除するかも知れませんが。



今日も、来て下さって、ありがとう・・・。


marie
[PR]
by kanamarie | 2006-05-09 09:07 | 感謝 | Trackback

It's enough...


安定剤、睡眠薬から解放されたら、すぐに最後の記事を書きます。

ごめんなさい。大丈夫、頑張ります。
[PR]
by kanamarie | 2006-05-07 03:01 | Trackback