∮ Performer,Singer & Songwriter,Kanafu Marie(カナフ マリエ)のブログです♪

by kanamarie

カテゴリ:サクラスターオー( 6 )

今日もここに来て下さってありがとうございます。

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古い本ですがこの本の中に、私も登場しています。


・・・今日はこの子(サクラスターオー)の命日です。

安楽死になった夜10時20分に、お線香と感謝を、捧げたところです。


毎年・・いえ、毎日、忘れたことはありません。いつもそばにいて、支えてくれている事をしっかり感じ取っています。


スターオーと歴史を共にした者の一人として、彼の分も、頑張って生きて行きます。(少しずつ、ゆっくりですが。)


”到達するまで頑張るから、天国に行ったら真っ先に迎えに来てね”って、さっきお願いして来ました🌸💫



サクラスターオーという、強く生き抜いた馬がいた事を、また、彼が成した奇跡のような業績を、一人でも多くの方に覚えていてほしいです。



夢を諦めない勇気を、きっと、スターオーが天から届けてくれると思うから。💖





あなたへ、感謝を込めて


Kanafu Marie







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by kanamarie | 2017-05-12 23:12 | サクラスターオー | Trackback | Comments(0)


以前、ウエスタンビーナスの記事を書いた日から、もう私は、競馬とは一切関わらなくなりました。

ですから、今日が菊花賞の日だなんて知らなかった…。


でも、何故か、今日はやけに朝から古い昔の色んな人のことを思い出していました。



昔、私が競馬関係の仕事をしていた頃に、一番馴染んでいた競馬新聞は”ケイシュウ”でした。

今、あるのかどうか知らないけれど。

競馬の神様と呼ばれていた大川慶次郎さんが編集されていた新聞です。


そこに、トラックマンの『夜討ち朝駆け』というコーナーがあったんです。


当時、今は亡き父にその意味を尋ねると、



「佳名生、それは・・・、まぁ、



”追跡”



という、意味になるかな。」




と、教えられました。




「夜討ち朝駆け」=「追跡」




なるほどなぁ。




そう言う意味では、私は昨夜は朝までピアノ弾きの仕事を演って、



帰宅し翌日の(もう当日)のスケジュールを練って、


数時間後には、新しい仕事(もちろん音楽)の為の開拓に出掛けた。




夜討ち朝駆け、だ。


追跡しているのだ。



何を?



夢を。生きる術を。





のどかな日曜の昼下がり、



駆け回っていた街では神社で秋祭りが行われていました。




いつも陰で支え、応援して下さる、その大きな存在に、今出来るささやかなお礼をして、




部屋に戻り、TVを付けると、


淀の競馬場が映っていました。



1周目を走る馬達・・・、あぁ、これはまさに、菊花賞だ。




あの日と、同じような、秋晴れの日だ。




でも、あの日は、もっと、輝いていた。




もっと、陽が、スポットライトのように、輝いていた。





今日は、菊花賞。




この日、あなたを思い出す人は、どれくらいいるのだろう。





いるよ、きっといる。




ここにも、いるよ。




だってね、いつも、




今もなお、あなたと、一緒に、生きているのだから。





今日、どうしてなのか分からなかったけれど、私が思い出した人達も、



きっと、あなたを、思い出しているのだと思う。







でも、あなたが勝った日から、こんなに経ったのに、




私はまだ、夢の途中だ。





スターオー。





ごめん。





でも、今でも、好きで好きで、たまらないよ。





早く夢を叶えて、




逢いたいよ。笑顔で。





一人でも多くの人に、あなたを、忘れないでいてほしいと願う、



そして、もう一度地上に降りて来てくれたなら、




今度は、怪我をしないで、死なないでって、




当たり前だけど、そう思うよ…。





スターオー、大好きだよ。






私も、まぁもうちょっとだけ、頑張ろうか。






夜討ち朝駆け、





今日は、秋祭り。




菊の季節に、サクラが満開。





サクラスターオー。











(上のYoutubeは皐月賞のスターオーです☆愛おしいです。)






↑このYoutube作って下さった方、有馬記念を省いて下さって、ありがとうございます・・・(涙)







ただ、ひたすらに。スターオーからのメッセージ。
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by kanamarie | 2012-10-21 21:57 | サクラスターオー | Trackback | Comments(0)
今日もここに来て下さってありがとうございます。




今日は、私が愛して止まない、

サクラスターオーが、天国の母のもとへ旅立った日です。


あれから、何年経ったのでしょうか・・・。


スターオーが競走中に骨折して、闘病生活を続けていた頃、私はパリに住んでいました。

以前、ここでも書きましたが、スターオーが亡くなったことを、私の周囲の人達は決して私に伝えませんでした。

だけど、この日、

何も知らなかったのに、、私はパリで具合が悪くなって、そして、私の側で、スターオーがスヤスヤと、眠っている夢を見たんです。。



上に貼ったYoutubeの曲は、marieがアースの中で、一番好きな作品。


この曲をバックに流して、スターオーへのメッセージをテープに録音して、パリから美穂の平井厩舎にエアメールで送りました。


平井先生は、スターオーの出棺の時に、そのテープを流して下さったそうです・・・(涙)



皐月賞後に骨折し、7ヶ月と言う長い休養を余儀なくされて、

殆どぶっつけ本番で出走した菊花賞。(3000メートル、長丁場です。)


菊花賞前、有力馬の調教、追い切りが紹介される番組で、

その、有力馬が全力で走っている姿の、その遥か彼方に、

”追い切り”でなく、汗だくになって、ボロボロになって、ただひたすら、歩いている馬がいました。




…それは、スターオーでした…。



私は、あの姿を、一生忘れることが出来ないでしょう・・・。



人も、自分も、”走りたくても走れない”状況の時が、あります。

思い切り、心のままに前へ進めたら、どんなにいいでしょうか…。思うように実行出来ない時には、

どんなに歯がゆいことでしょう…。






だけど、菊花賞を制し、優勝したのは、

その画面の遥か彼方に小さく映っていた、

走れなくとも、汗だくになって、ボロボロになって、一生懸命歩いていた、




サクラスターオーだったのです!!!






どんな時でも、今、出来ることを、精一杯やること。




それは、スターオーが、私に返してくれた、メッセージだと、思っています…。







今日も読んで下さった皆様へ、感謝を込めて
Kanafu Marie
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by kanamarie | 2011-05-12 20:29 | サクラスターオー | Trackback | Comments(3)
みなさま

今日もここに来て下さってありがとうございます。
そして、いつも愛あるワンクリックの応援をして下さる方々に、心から感謝を申し上げます。


今、この世で生きている事や、今、誰かと出逢い、関っている全ての事は、


当然の事のようでいて、でも実は、”奇跡”なんですよね・・・。



それを噛み締めながら、毎日、精一杯、感謝を込めて悔いの無いように生きていきたいと思います。




このポストのタイトル、「折れない心」とは、少し前にここにも書いたNHKの土曜ドラマ『チャンス』の第5話で、宇津井健さん扮する木川調教師が、「プロ(プロフェッショナル)って、何なんでしょうね…」という質問に対して、答えた言葉です。



marieはこのドラマを見て、”チャンス”号が、marieの命を繋いでくれたサクラスターオーサクラスターオー☆あなたが繋いでくれた夢をありがとう。という競走馬に良く似ている・・・と思っていたのですが、


この物語の中に、加賀まりこさんが演じるカメラマンの方の名前が、”御園”という苗字なのを知って、



”あぁ…、きっと、スターオーが(何らかの)モデルになっているに違いない…”と、自分の中では確信しました。


生まれつき前脚が曲がっていた事や、生後間も無く母馬が亡くなって、牧場の人の手によってミルクで育てられた事等…、


そういう境遇に一致する馬は、スターオーに限らずたくさんいるのですが、



スターオーが生まれた藤原牧場の住所が、北海道の静内町、”御園”というところなんです…。
(随分古い記憶なのですが…多分そうだったと思います…。)



ドラマの中のチャンス号は、牝馬(女の子の馬)で、

スターオーが骨折休養明け(7ヶ月も休養してぶっつけ本番で3000Mの菊花賞に挑んだのです)で奇跡の優勝を果たした菊花賞に出走して、

チャンス号は2着と惜敗してしまうのですが、


次週の最終回では、有馬記念に出走することになっています。

スターオーは有馬記念で骨折、レースを中止しましたが、チャンス号は、多分走り抜くのでしょう。
(結果は知りたくないので、まだ原作を読んでいないのですが。)


何着になるのかは分りませんが、実はスターオーの母サクラスマイル亡き後にスターオーの乳母代わりをしたスターロッチという馬は、(スターオーの4代前の母馬です)有馬記念を制した牝馬なのです。



もしかすると、原作者の小林 慧(こばやし・けい)さんの心の中には、スターオーへの思いが潜んでいるのかも知れませんね…。

(*最終回を見て追記しています。*)→有馬記念でチャンス号は馬番号5番でした!
スターオーのあの時と同じ番号です…。


チャンス号に騎乗するのが、”桜田時生”という名前の騎手である事にも…ほのかに、そんな気持ちがしました…。


リンクした以前の記事は、このブログを一旦閉じる前、まだ『FLOWER ROAD』でなく、『WHY I CAME TO LEON WARE』というタイトルだった時のものですが、

その時に手元に無かったスターオーの写真が、出て来ました。日高飛鳥さんという女性カメラマンの方が、送って下さったものです。
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これは子供の頃のスターオーです。隣に繋がれているのはスターロッチ。
この写真、見る度にスターオーがいじらしくて、たまらなくなります…。

そして、菊花賞でのパドックの時の写真、

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スターオーの闘志に燃えた目、それを見守るかのような萩原厩務員さんの祈るような表情、
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そしてスターオーは奇跡の勝利を遂げました。


”折れない心”で・・・。



たとえどんな時でも、失敗や挫折を繰り返しても、悲しみに埋もれても、



決して、くじけてはいけないのです。



頑張り抜きましょう!!!

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当時のmarieの写真も出て来ました。
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机の上にはカツラギエースのパネルと競馬四季報、JRAのカレンダーが飾ってあります。
この頃はスターオーの母馬サクラスマイルから名前をとって、”桜笑子”というペンネームでライターの仕事もしていました。
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JRA関係のあるフェスティバルで、スターオーの菊花賞のレースをバックに、marieが作詞作曲した
『君はスターライトナイト』(アレンジは古川初穂さん)を歌っている時のものです。

白とピンクのサクラ軍団の勝負服をデザインした衣装を友人が作ってくれて…、それを着て歌っています。




感謝を込めて
Kanafu Marie
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by kanamarie | 2010-09-28 17:27 | サクラスターオー | Trackback | Comments(0)

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みなさま

こんにちは!
今日もここに来て下さって、本当にありがとうございます。


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今、marieは、東京の京王井の頭線の、東松原という駅のホームのベンチで、これを書いています。
無線LANが拾えたのです!
下のポストのコメントのお返事は、ここから書いたんです(^_^)

成田に到着して、数日後に大阪に帰るはずだったのですが、ロスで、七夕のライヴの為の歌のレッスンを受けられなかったので、

何とか、ならないだろうか…と、

marieのHPのプロフィールにも載せていますが、

沢田靖司先生

という、marieにとってのジャズヴォーカルの基礎を教えて下さった元々の恩師に、ご無理をお願いして、

急遽、ライヴに向けての集中レッスンを”今回だけ、特別に”
受けさせ頂くことになったのです!

(先生、無理な事を突然に言って、申し訳ありません。ご許可下さり…感謝します!)

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東松原にある、先生のスタジオです。
(懐かしい…涙。marieにとっての、古巣です…)

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(こっそり隠し撮りしました^^;; レッスン用のテープを作って下さっているところです^^)


相変わらず、厳しいお師匠様です!!!(泣)
ごまかしは、絶対に効きません^^;;;

ジャズの神様ですから・・・。それが、先生の愛情なんですね・・・(涙)

あ、もうバッテリーが切れてしまいそうです…。(泣)

もっと書きたいことがあるのですが、帰ってまた、レッスンしますね!!!
ギリギリまで頑張ります♪

納得行くまで、歌い込みたいのです。


頑張ります!!!


心からの感謝を込めて
kanafu MARIE






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沢田先生に付いていた頃、
marieは競馬関係のアナウンサー、ライターをやっていました。
その頃に新聞に掲載されたコラムです。
今日、母が私に渡してくれたんです…。大切に、残しておいてくれたのですね…(涙)

『夢追い人へ』というタイトルです…。

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その頃のmarieの写真も、大切に残してくれていました…。

ママ、ありがとう・・・(涙)

読んで下さったみなさま、ありがとうございます・・・。(涙)
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by kanamarie | 2007-07-01 18:41 | サクラスターオー | Trackback(2) | Comments(16)
最後の記事を書こうとする度に、熱が出るのです。
どうしてでしょう、、。

熱で、朦朧として、頭がおかしくなったのかも知れませんが(え?最初から? 汗)
今、私の側に、この“人”?が、いる様な気がするんです。
(また、おかしなことを書いてすみません。それに、文章をまとめる思考力にいつにも増して欠けていますので、読み苦しいかと思います。すみません、、。)


今日は皆様にご紹介します。

私の夢を、繋いでくれた”彼”、


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サクラスターオー。



サクラスターオー、
北海道、静内の藤原牧場生産。


生後2ヶ月で、母親を亡くしたスターオーは
同じ牧場の同期の馬達が母馬に仲良く寄り添って、母乳を飲んでいる頃、
独りぼっちで、、、まだ歯も生えていないその口で、青草を食んでいたといいます・・・。


彼(スターオー)は名血でしたが(血統、所謂”血筋”がいいという意味です)
「こんな馬はいらん!」
と、入厩した美穂の名調教師から、
開業したばかりの、新人の調教師の厩舎に転送されてしまいました。
(結果的にはそれが良かったのでしょう)

スターオーは、生まれつき左前足が著しく曲がっていたのです。

デビュー戦をこなした後も、その足を骨折して・・・
寒梅賞は、5着でした(と、思います、、)。

私がスターオーという馬と出逢ったのは、その後の弥生賞です。
3月。
皐月賞の前哨戦的レース。

スターオー(人気薄)は彗星の如く、直線を貫きました。

この写真(パネルです)は、ゴール板前での、その時のスターオー。
白い覇面、白い帽子、ゼッケンは1。

向こう側のビュウコウという馬に騎乗している増沢騎手が、チラッと、スターオーの方を見ています。
「強いな、やられた!」

そんな感じです。
ゴール板前での一瞬の出来事でした。
レースは殆ど、この増沢騎手のビュウコウと5番の岡部騎手騎乗のマイネルダビデ(1番人気)で、決まろうとしていた矢先のどんでん返しだったのです。

ビデオで何度見ても、増沢騎手は、笑っています。
スターオーの風の様な速さに、あっけにとられたのか、”代打屋”と呼ばれていたスターオー騎乗の東騎手に”やったな!”と喜びを共にされたのか。
増沢騎手には何度かお会いしたことがありますが、本当に人格者です。
しかし、どんな騎手でもゴール前に差されて笑えるわけではありません。
それほど、”一瞬”の”え?”という速さだったのです。

この写真を撮った方はどなたなのでしょうか・・・。
ものすごく、いい瞬間を、捕えています。(実際には増沢騎手がスターオーを見たのは本当に一瞬…1秒間もないくらいなのです)

スターオーはその後皐月賞へ。
岡部騎手騎乗のマテリアルという馬に続き2番人気。

結果は、2着のゴールドシチーという馬に5馬身程の差をつけて、堂々の優勝。

東騎手は高々と人差し指を挙げました。“1冠目”という意味です。

さぁ、2冠目のダービーだ!という時、
スターオーはダービー目前で骨折。不運です、、、。


7ヶ月間の休養を余儀なくされました・・・。


その頃、私も闘病生活を強いられていました。
生きる希望も気力も、殆ど失っていて、、
医師からは、”いつ、どうなっても、、、おかしくない状態…”と、言われていました。



秋に、菊花賞の出走馬が発表されました。

スターオーの名前が、そこに、あったのです!


「かなちゃん、スターオーが出るんだよ!スターオーも、頑張っているんだ、かなちゃんも、頑張ろう!!」

「うん・・・」

てらちゃん、という、当時の私のボーイフレンドが、“競馬ブック”を持参で、興奮気味に私を見舞ってくれたのです、、。

もう一人の友人も、

「かなちゃん、かなちゃんの夢が走るよ。」

と、、。


私は、その時に、願をかけたのです。
スターオーに、私の夢を賭けよう・・・と。


私には、何故か、絶対に、スターオーが優勝するという確信が、あったのです。


でも、レース前のスポーツ新聞や競馬新聞での前評価は、どれも殆どが無印。

「ひどいわ!皐月賞馬なのに・・・!!」
信じられないという表情の私を目の前に、BF達は口を揃えて言いました。

「仕方ないよ・・・。骨折して7ヶ月も休養してて、菊花賞の3000メートルがいきなりのぶっつけ本番なんじゃ、殆ど、見込みは無いというのが、常識だよ・・・」

「でも、スターオーは、絶対に勝つわ!最終の4コーナーを曲がった後、直線に入ったら、いつものように、グイグイと前へ出て、先頭でゴールを切るのよ!!!」

他の馬に、負けてたまるか!という思いが私にはあったのです。
ここに辿り着くまでに、彼(スターオー)が、どれほどの思いをして来たのだろう…、負けたら、嘘でしょう?

そんな…気持ちでした、、、。


菊花賞当日。
秋晴れでした。

私はてらちゃんと母に連れられて渋谷、並木橋の場外馬券売り場に。(当時はWINSなんて名称はなかったのです)

皆でスターオーの単勝馬券を買いました。5枠、9番。黄色い帽子。


皐月賞は、最も速い馬が、ダービーは最も幸運な馬が、そして、この菊花賞は、最も”強い”馬が勝つ、と言われています。

ゲートが開きました。

スターオーは終始中団。3000メートルの長丁場。

私は、息を飲んで見守ります。


ここだ!
2週目の第4コーナーを曲がり、
最後の直線に入ろうとしています。


「スターオー、来いっ!!!」



スターオーが、来た!!!中団から、グイグイと、先頭に来た!!


「スターオー、来い!!来い!スターオー!!!」



スターオーは第4コーナーを曲がった後、力強く他馬を次々と追い抜いて前へと出て来ます!

「スターオー!スターオー!!」


私の声は、響く。

スターオーは、まるでその声に反応してくれるかのように、グイグイと先頭に立ち、


ああ!そのまま、なんと、ゴールイン・・・!!!


奇跡の優勝を、成し遂げたのです。


「桜、桜、サクラスターオー!!!菊の季節に、桜が満開!!!」

marieの父親と大阪の天王寺高校(旧天中52期生)で同期、クラスメートだった杉本アナウンサーの名実況は今も語り継がれています。

東騎手はスターオーの背で高々と2本指を挙げました。素晴らしい、光景でした。


スターオーが先頭でゴールインした時、渋谷並木橋の場外馬券売り場1階の奥ににいた人達、そして、窓口のおばさん達も、皆、拍手して下さいました。


「スターオーが勝った!かなちゃん、かなちゃんも歌える、かなちゃんも、これで歌える!!」
私の肩を揺すって、母がすすり泣いていました。

(てらちゃんは、呆然としていました…)


スターオーに、勇気をもらって、私も、医師から許可をもらい、単身でパリに。
歌う為の第一歩を踏み出したのです。


しかしその後スターオーは、暮れの有馬記念でレース中に足を骨折。

普通の馬ならばその場で予後不良(安楽死)となる重症だったのにもかかわらず、治療に専念する日々…。

てらちゃんと、もう一人の彼から、毎週パリの私のアパルトマンにエアメールで、スターオーの様子が新聞の切り抜きなどと共に送られて来ました。

「スターオーも、頑張っている。だから、かなちゃんも、頑張ろう。」
「かなふのために」


その、治療経過の新聞の切り抜きが、いつの間にか、なぜか、コピーになって、
そこにも、
「スターオーも、頑張っているから、かなちゃんも、頑張ろう」

と、書かれていて…


、、、おかしい、、、。不自然だわ、、、と思いながらも、
私も、毎週のように、美穂のスターオーの元に、パリから手紙を書いて送っていました。

「早く、元気になって!スターオー、あなたのことを、信じています。」


そんな中、私がパリでアルバイトをしていた先に、サクラスターオーの馬主であるサクラコマースの森会長という方が、突然訪問して下さり、
「あなただね? いつも、スターオーに、手紙をありがとう」

と、言って頂いたことがありました。

スターオーが与えてくれた、サプライズでした。


パリでの生活も、体調が不安定で
一旦帰国して病院に行かなければならなくなった時、
パリでの友人達がカンパしてくれて
「日本に帰る前に、これでNYに行って、ジャズを歌って来いよ!」
と、NY行きの航空券を渡してくれたのです。

その時、リュック1つで渡ったNYで、
”おかしい、、、おかしい、、、”

と、胸騒ぎがして、スターオーの事を、聞いてみようと、私は北海道、新冠の泉州牧場の宮内さんという方に電話をしてみました。

東京に電話をしても、私の知り合いは皆、「スターオーは頑張っている」と、、それしか言ってくれなかったから…。

宮内さんが電話に出られて、私は挨拶もせず、とっさに切り出しました。

「教えて!スターオーは、スターオーは、元気なの??!!」



どれくらい、、、沈黙が続いたでしょうか、、。
しばらくして宮内さんが

「スターオーは、、、スターオーは…、、死んだ……」

、、と、、。


、、、やっぱり!
そうだったんだ、、、

、、分かっていたはずなのに、、、と、私は最初、笑えて来たのです、、、

どうして、皆、教えてくれなかったの!どうして皆、嘘をついてたの!!!

笑っていたのが、号泣に、、、

「スターオーが死んだと言ったなら、きっと、、お前も死ぬと、、、皆はそう、思ったんだろう…」


だから、あんな風に、コピーまでして、、、、!!!
スターオーが亡くなって、もう、終わっていたはずの”今週のスターオー”という週刊記事を、まだ、スターオーが回復に向けて頑張っているように思わせる為に、自分達で作っていたなんて・・・、、!

そこまでして・・・。


電話を切って、私は、叫ぶように泣き崩れました。
その時、滞在していたホテルが、突然、停電になり、

真っ暗闇の中に、パッカ、、、パッカ、、、と、、、馬のひずめの音が響き渡りました。

多分、NYポリスの警官が騎乗している馬が、表の道を通ったのでしょう、、。
「泣かないで・・・」

スターオーが、そう言ってくれたのでしょうか・・・



オルリー空港に着くと、待ってくれていた友人に
「スターオーが、死んだ・・・」

と、その一言しか言えなくて、、、そのまま、その日は一言も話せなかったのを覚えています。



帰国して、しばらくしてからスターオーのお墓参りに、藤原牧場を伺った時に、
グリーンチャンネルで放送されたサクラスターオーの特集番組の録画を見せて頂きました。


驚きました・・・。

スターオーの遺体が美穂の平井厩舎を出棺する際に、

私がパリから送ったカセットテープが、流れていたのです!!!

アースウインド&ファイアーの『Can't Hide Love』をバックに、スターオーへのメッセージを、病床にいた時、テープに入れて、パリから送ったものでした。

平井調教師のお計らいで、
スターオーの最後に、私の声と、歌を、共に置いて下さったのだそうです・・・。


その日まで、知りませんでした・・・。
どの方も、最後の最後まで、私に、真実を知らせまい、と、思って下さっていたのでしょう…。




スターオーは、自分を育ててくれた、平井調教師や、そして、スターオーの為にハブが出る様な山奥にまで入り、熊笹を取って来てまで、真心を尽くして世話をしてくれた萩原厩務員さんの為に、

きっと、一生懸命、走ったのだと思います。

そして亡くなった、藤原牧場の先代のオーナーの為にも、自分は走らなければいけないということを、きっと、知っていたのでしょう。



このブログの最後に、スターオーのことを書いたのは、
“夢を、諦めたら、いけない”ということを、もう一度、自分に言い聞かせたかったから。

私は、あの時、スターオーに、命がけで、夢を繋いでもらったのだから。



ここで、出逢った、皆様にも、
“夢”を繋いで頂きました。

あの日、あの時、失意のどん底にいた時、
絶望に満たされた時、
裏切られた時、
傷だらけになった時…。


前回、ボロボロになってロスから帰国した際、ソウル経由で、ソウルには早朝の4時頃に到着したのです。
まだ暗いソウルの空港でネットに接続した時、
”無事にソウルに着いたか?大丈夫か?寒くないか?”
と、(危険な状況から)私を救って下さった方からメールが入りました。

日本から・・・
あんなに、早い時間に、、、心配して、起きてて下さって、、。

ありがとう・・・。

あの時に、ロスで“何”が起きたのか、具体的にブログで書けなかった私はその場で"Out Here On My Own"という映画”フェイム”の中でアイリーン・キャラが歌っていた歌の歌詞をアップしました。

早朝にも関らず、その記事をアップしたら、すぐに、sarahさん、nakaさん、kewpieさんという女性陣からコメントが入りましたね・・・。

ソウルの空港で、いっぱい、泣きました。
皆さんのお気持ちが、余りに、温か過ぎて・・・。




いつも、いい時も、悪い時も、どんな時にも、変わらぬ声援を送って下さる皆様と出逢えて、今のmarieがいます。


「marieさん、夢はつづく。あなたが生きている限り」

これは、Rieさんが書いて下さったコメントでしたね。忘れません。

「marieちゃんを応援する為に、山にこもって修行するらしいよー」と、nakaさんが教えて下さった方は、

まだ、山の中ですか?(^^;;


!!!
あ!何て事!
今気が付きました!!!

5月12日は、、、スターオーの・・・命日です、、、!!!


やっぱり、、、降りて来てくれたのかな?




d0031078_2252494.jpgサクラスターオー。

父、サクラショウリ、母、サクラスマイル。
母の父、インターメゾ、父の父、パーソロン。
母の母、アンジェリカ、その母は、スターハイネス、
その母が、スターオーの乳母であったスターロッチ。父はユアハイネス)。
スターロッチはハロウェーとコロナの子。



主な勝ち鞍、


弥生賞
皐月賞
菊花賞
(年度代表馬)





実は、何処にも公開されていない、スターオーの菊花賞のパドックでの写真が、あるんです。
スターオーのファンの方が撮られたものを、日高飛鳥さんという競馬界では有名なライターの方が、marieのために、送って下さったものです。

今、事情があって、手許には無いのですが、
すごく、孤独で、しかし、闘志に燃えた顔をしています。

そのスターオーは、


”この人”に、非常に、良く似ているんです、、。

不思議ですね・・・。








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by kanamarie | 2006-05-11 22:26 | サクラスターオー | Trackback