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∮ Performer,Singer & Songwriter,Kanafu Marie(カナフ マリエ)のブログです♪

by kanamarie

サクラスターオー☆あなたが繋いでくれた夢をありがとう。

最後の記事を書こうとする度に、熱が出るのです。
どうしてでしょう、、。

熱で、朦朧として、頭がおかしくなったのかも知れませんが(え?最初から? 汗)
今、私の側に、この“人”?が、いる様な気がするんです。
(また、おかしなことを書いてすみません。それに、文章をまとめる思考力にいつにも増して欠けていますので、読み苦しいかと思います。すみません、、。)


今日は皆様にご紹介します。

私の夢を、繋いでくれた”彼”、


サクラスターオー☆あなたが繋いでくれた夢をありがとう。_d0031078_16575391.jpg


サクラスターオー。



サクラスターオー、
北海道、静内の藤原牧場生産。


生後2ヶ月で、母親を亡くしたスターオーは
同じ牧場の同期の馬達が母馬に仲良く寄り添って、母乳を飲んでいる頃、
独りぼっちで、、、まだ歯も生えていないその口で、青草を食んでいたといいます・・・。


彼(スターオー)は名血でしたが(血統、所謂”血筋”がいいという意味です)
「こんな馬はいらん!」
と、入厩した美穂の名調教師から、
開業したばかりの、新人の調教師の厩舎に転送されてしまいました。
(結果的にはそれが良かったのでしょう)

スターオーは、生まれつき左前足が著しく曲がっていたのです。

デビュー戦をこなした後も、その足を骨折して・・・
寒梅賞は、5着でした(と、思います、、)。

私がスターオーという馬と出逢ったのは、その後の弥生賞です。
3月。
皐月賞の前哨戦的レース。

スターオー(人気薄)は彗星の如く、直線を貫きました。

この写真(パネルです)は、ゴール板前での、その時のスターオー。
白い覇面、白い帽子、ゼッケンは1。

向こう側のビュウコウという馬に騎乗している増沢騎手が、チラッと、スターオーの方を見ています。
「強いな、やられた!」

そんな感じです。
ゴール板前での一瞬の出来事でした。
レースは殆ど、この増沢騎手のビュウコウと5番の岡部騎手騎乗のマイネルダビデ(1番人気)で、決まろうとしていた矢先のどんでん返しだったのです。

ビデオで何度見ても、増沢騎手は、笑っています。
スターオーの風の様な速さに、あっけにとられたのか、”代打屋”と呼ばれていたスターオー騎乗の東騎手に”やったな!”と喜びを共にされたのか。
増沢騎手には何度かお会いしたことがありますが、本当に人格者です。
しかし、どんな騎手でもゴール前に差されて笑えるわけではありません。
それほど、”一瞬”の”え?”という速さだったのです。

この写真を撮った方はどなたなのでしょうか・・・。
ものすごく、いい瞬間を、捕えています。(実際には増沢騎手がスターオーを見たのは本当に一瞬…1秒間もないくらいなのです)

スターオーはその後皐月賞へ。
岡部騎手騎乗のマテリアルという馬に続き2番人気。

結果は、2着のゴールドシチーという馬に5馬身程の差をつけて、堂々の優勝。

東騎手は高々と人差し指を挙げました。“1冠目”という意味です。

さぁ、2冠目のダービーだ!という時、
スターオーはダービー目前で骨折。不運です、、、。


7ヶ月間の休養を余儀なくされました・・・。


その頃、私も闘病生活を強いられていました。
生きる希望も気力も、殆ど失っていて、、
医師からは、”いつ、どうなっても、、、おかしくない状態…”と、言われていました。



秋に、菊花賞の出走馬が発表されました。

スターオーの名前が、そこに、あったのです!


「かなちゃん、スターオーが出るんだよ!スターオーも、頑張っているんだ、かなちゃんも、頑張ろう!!」

「うん・・・」

てらちゃん、という、当時の私のボーイフレンドが、“競馬ブック”を持参で、興奮気味に私を見舞ってくれたのです、、。

もう一人の友人も、

「かなちゃん、かなちゃんの夢が走るよ。」

と、、。


私は、その時に、願をかけたのです。
スターオーに、私の夢を賭けよう・・・と。


私には、何故か、絶対に、スターオーが優勝するという確信が、あったのです。


でも、レース前のスポーツ新聞や競馬新聞での前評価は、どれも殆どが無印。

「ひどいわ!皐月賞馬なのに・・・!!」
信じられないという表情の私を目の前に、BF達は口を揃えて言いました。

「仕方ないよ・・・。骨折して7ヶ月も休養してて、菊花賞の3000メートルがいきなりのぶっつけ本番なんじゃ、殆ど、見込みは無いというのが、常識だよ・・・」

「でも、スターオーは、絶対に勝つわ!最終の4コーナーを曲がった後、直線に入ったら、いつものように、グイグイと前へ出て、先頭でゴールを切るのよ!!!」

他の馬に、負けてたまるか!という思いが私にはあったのです。
ここに辿り着くまでに、彼(スターオー)が、どれほどの思いをして来たのだろう…、負けたら、嘘でしょう?

そんな…気持ちでした、、、。


菊花賞当日。
秋晴れでした。

私はてらちゃんと母に連れられて渋谷、並木橋の場外馬券売り場に。(当時はWINSなんて名称はなかったのです)

皆でスターオーの単勝馬券を買いました。5枠、9番。黄色い帽子。


皐月賞は、最も速い馬が、ダービーは最も幸運な馬が、そして、この菊花賞は、最も”強い”馬が勝つ、と言われています。

ゲートが開きました。

スターオーは終始中団。3000メートルの長丁場。

私は、息を飲んで見守ります。


ここだ!
2週目の第4コーナーを曲がり、
最後の直線に入ろうとしています。


「スターオー、来いっ!!!」



スターオーが、来た!!!中団から、グイグイと、先頭に来た!!


「スターオー、来い!!来い!スターオー!!!」



スターオーは第4コーナーを曲がった後、力強く他馬を次々と追い抜いて前へと出て来ます!

「スターオー!スターオー!!」


私の声は、響く。

スターオーは、まるでその声に反応してくれるかのように、グイグイと先頭に立ち、


ああ!そのまま、なんと、ゴールイン・・・!!!


奇跡の優勝を、成し遂げたのです。


「桜、桜、サクラスターオー!!!菊の季節に、桜が満開!!!」

marieの父親と大阪の天王寺高校(旧天中52期生)で同期、クラスメートだった杉本アナウンサーの名実況は今も語り継がれています。

東騎手はスターオーの背で高々と2本指を挙げました。素晴らしい、光景でした。


スターオーが先頭でゴールインした時、渋谷並木橋の場外馬券売り場1階の奥ににいた人達、そして、窓口のおばさん達も、皆、拍手して下さいました。


「スターオーが勝った!かなちゃん、かなちゃんも歌える、かなちゃんも、これで歌える!!」
私の肩を揺すって、母がすすり泣いていました。

(てらちゃんは、呆然としていました…)


スターオーに、勇気をもらって、私も、医師から許可をもらい、単身でパリに。
歌う為の第一歩を踏み出したのです。


しかしその後スターオーは、暮れの有馬記念でレース中に足を骨折。

普通の馬ならばその場で予後不良(安楽死)となる重症だったのにもかかわらず、治療に専念する日々…。

てらちゃんと、もう一人の彼から、毎週パリの私のアパルトマンにエアメールで、スターオーの様子が新聞の切り抜きなどと共に送られて来ました。

「スターオーも、頑張っている。だから、かなちゃんも、頑張ろう。」
「かなふのために」


その、治療経過の新聞の切り抜きが、いつの間にか、なぜか、コピーになって、
そこにも、
「スターオーも、頑張っているから、かなちゃんも、頑張ろう」

と、書かれていて…


、、、おかしい、、、。不自然だわ、、、と思いながらも、
私も、毎週のように、美穂のスターオーの元に、パリから手紙を書いて送っていました。

「早く、元気になって!スターオー、あなたのことを、信じています。」


そんな中、私がパリでアルバイトをしていた先に、サクラスターオーの馬主であるサクラコマースの森会長という方が、突然訪問して下さり、
「あなただね? いつも、スターオーに、手紙をありがとう」

と、言って頂いたことがありました。

スターオーが与えてくれた、サプライズでした。


パリでの生活も、体調が不安定で
一旦帰国して病院に行かなければならなくなった時、
パリでの友人達がカンパしてくれて
「日本に帰る前に、これでNYに行って、ジャズを歌って来いよ!」
と、NY行きの航空券を渡してくれたのです。

その時、リュック1つで渡ったNYで、
”おかしい、、、おかしい、、、”

と、胸騒ぎがして、スターオーの事を、聞いてみようと、私は北海道、新冠の泉州牧場の宮内さんという方に電話をしてみました。

東京に電話をしても、私の知り合いは皆、「スターオーは頑張っている」と、、それしか言ってくれなかったから…。

宮内さんが電話に出られて、私は挨拶もせず、とっさに切り出しました。

「教えて!スターオーは、スターオーは、元気なの??!!」



どれくらい、、、沈黙が続いたでしょうか、、。
しばらくして宮内さんが

「スターオーは、、、スターオーは…、、死んだ……」

、、と、、。


、、、やっぱり!
そうだったんだ、、、

、、分かっていたはずなのに、、、と、私は最初、笑えて来たのです、、、

どうして、皆、教えてくれなかったの!どうして皆、嘘をついてたの!!!

笑っていたのが、号泣に、、、

「スターオーが死んだと言ったなら、きっと、、お前も死ぬと、、、皆はそう、思ったんだろう…」


だから、あんな風に、コピーまでして、、、、!!!
スターオーが亡くなって、もう、終わっていたはずの”今週のスターオー”という週刊記事を、まだ、スターオーが回復に向けて頑張っているように思わせる為に、自分達で作っていたなんて・・・、、!

そこまでして・・・。


電話を切って、私は、叫ぶように泣き崩れました。
その時、滞在していたホテルが、突然、停電になり、

真っ暗闇の中に、パッカ、、、パッカ、、、と、、、馬のひずめの音が響き渡りました。

多分、NYポリスの警官が騎乗している馬が、表の道を通ったのでしょう、、。
「泣かないで・・・」

スターオーが、そう言ってくれたのでしょうか・・・



オルリー空港に着くと、待ってくれていた友人に
「スターオーが、死んだ・・・」

と、その一言しか言えなくて、、、そのまま、その日は一言も話せなかったのを覚えています。



帰国して、しばらくしてからスターオーのお墓参りに、藤原牧場を伺った時に、
グリーンチャンネルで放送されたサクラスターオーの特集番組の録画を見せて頂きました。


驚きました・・・。

スターオーの遺体が美穂の平井厩舎を出棺する際に、

私がパリから送ったカセットテープが、流れていたのです!!!

アースウインド&ファイアーの『Can't Hide Love』をバックに、スターオーへのメッセージを、病床にいた時、テープに入れて、パリから送ったものでした。

平井調教師のお計らいで、
スターオーの最後に、私の声と、歌を、共に置いて下さったのだそうです・・・。


その日まで、知りませんでした・・・。
どの方も、最後の最後まで、私に、真実を知らせまい、と、思って下さっていたのでしょう…。




スターオーは、自分を育ててくれた、平井調教師や、そして、スターオーの為にハブが出る様な山奥にまで入り、熊笹を取って来てまで、真心を尽くして世話をしてくれた萩原厩務員さんの為に、

きっと、一生懸命、走ったのだと思います。

そして亡くなった、藤原牧場の先代のオーナーの為にも、自分は走らなければいけないということを、きっと、知っていたのでしょう。



このブログの最後に、スターオーのことを書いたのは、
“夢を、諦めたら、いけない”ということを、もう一度、自分に言い聞かせたかったから。

私は、あの時、スターオーに、命がけで、夢を繋いでもらったのだから。



ここで、出逢った、皆様にも、
“夢”を繋いで頂きました。

あの日、あの時、失意のどん底にいた時、
絶望に満たされた時、
裏切られた時、
傷だらけになった時…。


前回、ボロボロになってロスから帰国した際、ソウル経由で、ソウルには早朝の4時頃に到着したのです。
まだ暗いソウルの空港でネットに接続した時、
”無事にソウルに着いたか?大丈夫か?寒くないか?”
と、(危険な状況から)私を救って下さった方からメールが入りました。

日本から・・・
あんなに、早い時間に、、、心配して、起きてて下さって、、。

ありがとう・・・。

あの時に、ロスで“何”が起きたのか、具体的にブログで書けなかった私はその場で"Out Here On My Own"という映画”フェイム”の中でアイリーン・キャラが歌っていた歌の歌詞をアップしました。

早朝にも関らず、その記事をアップしたら、すぐに、sarahさん、nakaさん、kewpieさんという女性陣からコメントが入りましたね・・・。

ソウルの空港で、いっぱい、泣きました。
皆さんのお気持ちが、余りに、温か過ぎて・・・。




いつも、いい時も、悪い時も、どんな時にも、変わらぬ声援を送って下さる皆様と出逢えて、今のmarieがいます。


「marieさん、夢はつづく。あなたが生きている限り」

これは、Rieさんが書いて下さったコメントでしたね。忘れません。

「marieちゃんを応援する為に、山にこもって修行するらしいよー」と、nakaさんが教えて下さった方は、

まだ、山の中ですか?(^^;;


!!!
あ!何て事!
今気が付きました!!!

5月12日は、、、スターオーの・・・命日です、、、!!!


やっぱり、、、降りて来てくれたのかな?




サクラスターオー☆あなたが繋いでくれた夢をありがとう。_d0031078_2252494.jpgサクラスターオー。

父、サクラショウリ、母、サクラスマイル。
母の父、インターメゾ、父の父、パーソロン。
母の母、アンジェリカ、その母は、スターハイネス、
その母が、スターオーの乳母であったスターロッチ。父はユアハイネス)。
スターロッチはハロウェーとコロナの子。



主な勝ち鞍、


弥生賞
皐月賞
菊花賞
(年度代表馬)





実は、何処にも公開されていない、スターオーの菊花賞のパドックでの写真が、あるんです。
スターオーのファンの方が撮られたものを、日高飛鳥さんという競馬界では有名なライターの方が、marieのために、送って下さったものです。

今、事情があって、手許には無いのですが、
すごく、孤独で、しかし、闘志に燃えた顔をしています。

そのスターオーは、


”この人”に、非常に、良く似ているんです、、。

不思議ですね・・・。








サクラスターオー☆あなたが繋いでくれた夢をありがとう。_d0031078_22224183.jpg

by kanamarie | 2006-05-11 22:26 | サクラスターオー